ドラマ映画部に所属するセットデザイナー・松尾実可子は日テレ系列のドラマの現場を中心に活躍しています。実はドラマに出てくる部屋の多くは実際の建物を利用するのではなく、スタジオに建てられたセットを使って撮影しているのをご存知でしょうか。
なぜ実際の建物を使わずに、わざわざリアルなセットを建てるのか。いったいどのようにセットが作られているのか。そして、ドラマのセットを作る喜びとは。松尾に話を聞いてみましょう。
ドラマに出てくる主人公の部屋や舞台となる事務所がセットであることを知らない人は多いと思います。そもそも、なぜドラマの現場では実際の建物を使わないことが多いのでしょうか?
松尾:もちろん番組によっては一般住宅を再現したハウススタジオを借りることもありますし、建物外観の映像は実際の建物を利用します。たとえば刑事ドラマを撮る場合は警察署や取調室といったスペースが必要になりますよね。そうした施設をコンセプトにしたハウススタジオもあるにはありますが、ドラマの設定にあわせて間取りや内装を表現するには、スタジオ内にセットを作って撮影するのが最適なんです。また、演者さんが芝居をするときに動きやすいことや照明を仕込むことを考えていくと、セットを作ったほうが表現の幅も広がるし、収録をスムーズに進められます。
バラエティ番組のセットの場合、まずセットが正面から映ったパース図から構想を練ることが多いと思いますが、ドラマの場合は「プラン」と呼ばれる平面図を描くことから始めます。プランとは、スタジオ内に建てるセットの間取りのこと。監督、カメラマン、照明とデザイナーでプランをもとに顔を突き合わせて、何度も何度も打ち合わせを繰り返すほど重要な資料です。監督はプランをもとにどんな芝居がつけられるかなどの芝居動線を考えますし、カメラマンはその芝居動線を踏まえてどんな画が撮れるかを考える。照明部は演技と台本に合わせて照明のレイアウトを考えます。最終的なプランが決定した後にパース図の制作に入ります。
バラエティとドラマではセットに対する考え方だけでなく、デザインの過程も異なるんですね。
松尾:そうですね。バラエティ番組のセットはディレクターとデザイナーの意図を反映しながら作っていくと思いますが、ドラマの場合は台本という大きな主軸と監督の演出意図があり、そこにデザイナーの思いをプラスしてセットを作るのが大きな違いです。台本があるということは、つまり物語があるということ。時代背景、主人公の人柄や育ってきた環境、仕事や年収など、台本のなかに込められたものを読み取りながら、主人公が存在する世界を作っていくのが、ドラマにおけるセットデザイナーの仕事といえます。
また、バラエティだとスタジオの一方にセットを建てて、お客様が反対側にいるというふうに基本的には一面だけ背景を作るのが一般的。一方でドラマは部屋の周囲をぐるりと囲いつつ天井まで用意して、どんな方向からでも撮影ができるようにしていますので実作業面でも違いがありますね。
いまや人気ドラマのセットデザインをメインで担当するなど、第一線で活躍している松尾ですが、セットデザインを本格的に学び始めたのは入社後が初めてだといいます。日テレアートに入社するまでの話や、ドラマ映画部に魅力を感じた理由も聞いてみました
大学の頃は油絵を専攻していたそうですが、セットデザインについてはどのように学んだのでしょうか?
松尾:大学時代はずっとアナログで絵画を制作していたのでパソコンにもあまり触ったことがなく、入社後はパソコンの電源の入れ方を最初に教えてもらいました(笑)。ありがたいことに日テレアートは入社後半年ほど手厚い研修があり、PhotoshopやIllustrator、Vectorworksなどデザインに使うソフトの基礎的な知識はそのタイミングで一通り学びました。
その後は実践あるのみで、最初は先輩が担当しているセットのなかのMC台だけデザインしたり、セットの一部の飾りだけ担当したりと、実際の仕事のなかで少しずつ教わりながらスキルを身につけていきました。でも、大学時代の勉強が役に立っていないかといえば、そうではなくて、観察力や基礎的な造形力は絵画制作の経験の中で養えていたと思いますし、セットデザインにも活きていると思います。
入社当初はバラエティ番組を担当していましたが、自らドラマ映画部への異動を希望しましたね。なぜドラマ映画部に魅力を感じたのでしょう?
松尾:物語の世界を演出するための力になれる点はもちろん、ワンチームでひとつの作品を作り上げていくところがドラマの魅力だと思います。ドラマの場合は1クール3ヶ月、ずっと同じ番組を付きっきりで担当します。デザイナーだけでなく他の美術部や、照明部、撮影部など他部署のメンバーも同じく制作中はひとつの番組だけ担当するので、家族よりも顔を合わせる時間が長くて。そうやってチームで一つのものを作り上げていくのがドラマ制作の楽しさであり、やりがいだと思います。
これまで女性を主人公にしたドラマで数々の高視聴率を記録してきた日テレの水曜ドラマ。『恋です!〜ヤンキー君と白杖ガール〜』、『ファーストペンギン!』、『それってパクリじゃないですか?』の3本は、松尾がメインでセットデザインを担当しています。実際の現場では、どのような工夫のもとでセットが作られていくのでしょうか。
さきほどの話では脚本に描かれている世界観を再現するために、既存の建物ではなくあえてセットを作るとのことでした。世界観をリアルに仕上げるために工夫していることはありますか?
松尾:『恋です!〜ヤンキー君と白杖ガール〜』は、主人公の弱視の女の子のおうちがメインセットだったんですね。このときはセットを作る前、監督と一緒に実際に弱視の方のご自宅に取材させていただきました。目が不自由な方が生活していく上で、家族やご本人がどんな工夫をしているのか、ひとつひとつ見せていただいてセットに落とし込んだ思い出があります。
『ファーストペンギン!』のときも、ちょうど休みが取れたのでモデルとなった漁師が住む山口の萩市を訪れて、現地を歩きながらラフを描いていました。障がいがある方の暮らしぶりを再現する際に間違いがあってはいけませんし、実在のモデルがいる物語だとご本人たちのイメージを崩すわけにはいきません。ですので時間が許す限り、実際に自分の目で設定に近い建物や場所を見て、感じるようにしています。
またドラマの場合、リアルさは必要ですが、リアルなだけではつまらないのが難しいところです。単に本物に近いセットが欲しければトレースをすればいいだけですが、ただ再現するだけではどこか間延びしていたり、芝居動線が確保出来なかったり、なにより面白い空間になりません。リアルさのなかに自分らしいスパイスを足すことでお芝居が映える空間を作るのが重要だと思っています。
松尾:『それってパクリじゃないですか?』はオフィスがメインセットなんですが、外観がすごく特徴的な建物だったので内装のイメージを固めるのに悩みました。そこで、古い倉庫のレトロさを残しつつ、ワンフロアを丸ごとオフィスとして使うためにリノベーションした設定にしています。
このときは監督から「とにかく広がりのある空間にして欲しい」とリクエストされたのですが、空間が広くなればなるほど撮影したときに間延びしがちなこともあると思います。このセットは広さがあるだけに壁が遠すぎて、ワンショットで引きを撮ると天井が多く映り込むと考えたんですね。そのため、天井が寂しい印象にならないよう、古いコンクリート造の建築によくある太い梁を天井に設けて、その上からリノベーションしたときにライティングレールやシーリングファンを後付けしたという設定でプランを練り、見た目の賑やかさと同時に時代背景にもフィットするようにしました。ここまで大きなセットは最近では珍しかったようで、周囲からの反響も大きかったです。
単純に見栄えをよくするわけではなくて、建物の立地や築年数まで考えつつ、物語と齟齬がないように作っていくんですね。また、ロケ飾りも得意とのことですが、思い入れのあるお仕事はありますか?
松尾:ロケ飾りとは屋外で撮影する際に現地をベースに美術で手を加えて空間を演出することで、思い入れがあるのはHuluで配信しているドラマ『君と世界が終わる日にseason2』ですね。三浦半島にある浄水場の一角を借りて、物語の舞台である無人島に見えるようにロケ飾りをしたんです。このときはゴーレム(ゾンビ化した人間)から逃げた主人公たちが1~2ヶ月ほど同じ場所で暮らしているという設定だったので、台本に書かれている内容を汲み取りつつ、生活感が出るように意識しました。
借りた場所はただの野原だったので、まずシンボルになる木を設置するところから始まりました。さらに昔は人が住んでいた場所なんだと伝わるように、エイジング加工して朽ち果てた風情の軽トラックを木の脇に置いています。
松尾:一番苦労したのは飾りのお墓ですね。海がバックになる位置に置きたかったのですが、そのままお墓を作ると防波堤が邪魔で思い通りの雰囲気にならなくて。大先輩のアドバイスのもと盛土を8トン手配して、地面の高さを防波堤の高さと同じレベルにすることでカメラに収めたときに防波堤が見えないようにしました。あとは主人公たちが暮らす小屋もキレイに見えすぎないように、私も作業に混ざって木材や単管パイプを組み合わせて、登場人物たちが作ったような素人らしさを出したり。体力的にも大変でしたが、ロケ飾りならではのダイナミックさがありましたね。
たくさんの人たちと関わりながら仕事を進めるのは大変なこともあるかと思います。仕事をするうえで大切にしていることを教えてください。
松尾:より良いものを作ろうという気持ちを忘れないことだと思います。「これでいいや」と妥協せずに、今の自分やチームでできる最善を常に尽くしたいです。
また、ドラマ、バラエティ関わらずセットデザイナーは多くの人と関わる仕事です。独りよがりにならないように、他の人とコミュニケーションを取るのが大事だと思います。自分ができることは協力し、時にはみんなに助けてもらう。そうやって大勢の人が関わるからこそできる作品をつくっていくのが、この仕事ならではの面白さではないでしょうか。
日テレアートではセットデザインはもちろん、グラフィック、CG、Web制作など総合的なクリエイティブ制作がご提案可能です。 お気軽にご相談ください。