日本テレビのグループ会社として、日本テレビアート(以下、日テレアート)ではテレビ番組や映画などで使用する美術セットのデザインや照明ディレクション、また印刷物等の企画・デザイン等を行っています。
そんな中、テレビ関連の業務で培った技術やノウハウを積極的に外部企業へと提供するべく、日テレアートでは2020年にビジネスプロデュース室が発足。現在は空間デザインやWeb、印刷物、また展示イベントに至るまで、様々な企業のデザインをプロデュースしています。
そして2021年8月より寺田倉庫G1ビル(東京都品川区)にて開催され、その後全国各地を巡回した『バンクシーって誰? 展』も、日テレアートの美術チームが担当。一般的な美術館での額装作品の展示とは違い、会場空間でバンクシーの作品を街並みごとリアルサイズで再現しました。
そこで今回は本展示を担当したデザイン開発部の大竹、高橋、美術デザイン部の北村、佐藤に話を伺い、本展示の知られざる裏側に迫ります。
―― 今回の街並みごと “再現” するという展示方法はどういった経緯で生まれたのでしょうか?
大竹:はじめは日テレのイベント事業部のプロデューサーからお話をいただいたのですが、そのタイミングでは細かな展示方法までは決まっていませんでした。その後、展示キュレーターの方やストリートシーンに詳しい方、バンクシーに詳しい方らと打ち合わせをする中で、「街並み再現展示は可能か」と聞かれたんですね。
私たちは普段からドラマなどでリアリティのあるセットをつくるということをやっていますから、街並みごと再現するというノウハウがあります。また、私たちは常に「できない」という選択肢を持たず、実現するためにはどうすべきかを考えて行動しているため、二つ返事で「できます」と答えたことがキッカケでした。
―― 今回のような来場者が実際に体験する展示と、テレビのセットとの違いは何かありましたか?
高橋:テレビのセットであれば、最終的にテレビの画角である16:9で切り取られることを意識して、「ここは画面に映り込むからより細かくつくり込もう」といったことを逆算して制作を進めていきます。
一方で今回の展示では、すべてが来場者に見られてしまうため、どこを見られてもいいようにとことんつくり込むこと。また撮影可能な展示であるため、来場者がスマホで撮影することを意識して制作を進めていきました。
大竹:ただ、我々にはドッキリ系のバラエティ番組などで出演者や視聴者を驚かしたりするために、どう視線を誘導させるかを考えてセットを制作したりします。来場者がどういった順番でどういったものに視線を向けるかを考慮して制作すること自体にはノウハウがありました。
そこで今回ゾーニングプランを決めていくときも、「このゾーンを通過したら、来場者はここに視線を向けるだろうな」といったことを考えながら制作していきました。
―― こうした展示プランは、バンクシー側とも協議して進めていくのですか?
大竹:一般的な展示であれば、アーティストであったりライセンスもとに許諾を取って進めていきますが、覆面アーティストとして知られるバンクシーは、当然ながら誰も正体を知りません。そのため、許諾を取って進めるといったやり方ができないんですね。
一方で、世界中でバンクシー展は開催されている中、「あの展示はフェイク(偽物)だ」とバンクシーが名指しで指摘する展示もあったりします。
そこで私たちは「あなたをリスペクトしている。そして、あなたの表現したいことが額縁の中だけでなく、その街並みだからこそこの絵を描いたのだというのがあって、私たちはそうしたことをふまえた街並みの再現展示を行いたい。認めてください」といった旨の手紙をバンクシーに送りました。
もちろん返事は返ってきませんでしたが、今回の展示に関してフェイクだと言われておらず、言われていないということは認めてもらえたのかなと思っています。
―― 額装作品であれば移動して展示することが可能なわけですが、今回のようなグラフィティ作品はどのように制作を行うものなのでしょうか?
大竹:今回のような再現展示を実現するためはいろいろな方法がありますが、私たちは「イミテーションにはしない」ということを決めていました。バンクシーが描いたものを見て描いたら、それは “模写” になってしまうわけですが、それはやらないぞと。
そのため、バンクシーの作品自体はすべて写真で表現しています。作品をプリントすると言っても、ただプリントするだけではありません。いかに壁に馴染ませるかが重要で、たとえばベニヤの壁に描かれた作品を再現するのに、ベニヤに写真を直接プリントしてしまうとベニヤが二重になってしまう。また、プリントでは白のインクというものがないため、ベースは白で塗って対応する必要があったりします。
その上で半透明のデータを用意するなど、作品ごとにプリントデータを工夫して作成していくというのが、今回の展示の大きなポイントでした。
高橋:リアルに忠実な壁を再現するために、まず壁をつくって作品をプリントし、その上でエイジングという技術を用いて、経年劣化した壁の汚れや雨染みなどの汚しを表現しています。
ただ、壁自体もすべてが平らとは限りません。凹凸のある壁もあったりするわけで、そうした様々な壁にどうプリントしていくかが肝であり、今回はダイレクトプリントという手法で実現していきました。
もちろん作品が描かれている壁自体もプリントしてしまえば簡単なのですが、それだと今度はバンクシー作品がある壁の “写真展示” になってしまうわけです。そこで壁はセットとして制作して再現しつつ、バンクシーの作品だけを写真でプリントするということにこだわりました。
―― イミテーションにはせずに、あくまでも「作品のみを写真で表現する」ことにこだわった理由を教えてください。
大竹:大きい写真パネルを飾ったり、作品を模写するというのは、作品ごとにプリントデータを作成したり、壁に馴染ませるために試行錯誤する必要もありませんから、当然簡単ではあります。
また模写であるかどうかは、一般の方は気づかないといったこもあるでしょう。しかし、イミテーションはやはりどこまでいっても “模倣品” でしかなく、「本物ではない」ということが伝わってしまうものだと思っています。
たとえばレストランで美味しい料理があったときに、どうつくっているかはわからなくても、美味しいか不味いかはわかるわけです。それなら美味しい料理をつくろうよと。そのため作品はもちろん、街並みを再現するための小道具も、可能な限り本物を用いることにこだわっています。
電話ボックスの作品であれば、バンクシーはここに電話ボックスとパラボラアンテナがあったからこそ、 “スパイが電話内容を傍受してここから送信している” といったシーンを表現したのだろうと。そこで少しでも本物の状況に近づけるべく、電話ボックスの電話機やパラボラアンテナはイギリスから実際に取り寄せたものです。
映画装飾を担当しているチームにも相談するなど、あらゆるツテを辿って、警報器からゴミ箱まで様々なモノを現地から調達して、現地の街並みを再現しています。
―― その他、各ゾーンでの制作で注力したポイントを教えてください。
佐藤:私は猫が毛糸で遊んでいるパートを担当させていただきました。実際の現地はゴミや瓦礫が散乱しているようなエリアなのですが、展示では来場者が怪我をしないよう、また車椅子の方でも通れることを考慮したセットをデザインしました。
また、毛糸のように見える金属がグシャッとなっているものがあるのですが、実際に金属で再現すると、安全面が担保できません。しかし、この毛糸のようなものがあるからこそ、バンクシーは猫を描いたわけですから、どう金属の毛糸を再現するかがポイントでした。
そこでゴムのような柔らかい素材で制作し、金属のように見える塗装を施してつくるなど、安全面とリアルのバランスを意識しました。
高橋:私はくしゃみをする女性の作品を担当させていただきました。実際の作品は、坂道で立てられている家の壁に描かれており、カメラを傾けることで「くしゃみで、建物が傾いている」ように見えることが面白いポイントです。
しかし、展示会場内で傾斜をつくることが難しかったため、床は水平のまま、建物を斜めにして再現しています。
そして建物もエイジングを施すことで、より違和感のないリアルさを表現しましたが、斜めの状態で塗装を施すと、塗装の垂れが建物に対して斜めになってしまいます。そこで斜めにする前に塗装を施したり、カーテンや植木鉢なども建物に対して垂直になるよう固定するなど、徹底的に斜めの世界を再現しました。
北村:私はパレスチナの壁に描かれた鳩の作品などを担当させていただきました。意識したポイントとして、ひとつは建物と地面の境目部分です。境目がリアルにつくられていないと、没入感が生まれないため、いかにリアルに再現するかが肝でした。
また、実際にコンクリートを流し込んで地面をつくることはできないため、コンクリートのように見える素材を用いつつ、雑草を設置したり、マンホールも写真データから再現して制作して設置、溝には砂をばらまくなど、パレスチナの砂っぽさや乾燥している雰囲気を出すということを意識しました。
なお、実際の鳩の作品の左側には別の人による落書きがあるのですが、別のアーティストの作品の可能性もあったため、その落書きはぼかして制作。あくまでもバンクシーの展示として、バンクシー以外のグラフィティは見せないようにしています。
―― バンクシーの作品は世界中に存在するわけですが、リアルを再現するために、実際に現地に行かれて調査を行ったりもしたのでしょうか?
北村:本当は現地に行って調査をしたかったのですが、コロナ禍だったこともあり、実はどこにも行けていません。過去の日テレがバンクシー作品を取材したものから素材を集めたりしつつ、あとはGoogleのストリートビューで世界中を旅していました(笑)。
現地で採寸するといったこともできませんでしたから、Googleストリートビューなどを見て人物のサイズ感、またドア、窓のサイズから距離感を図ったり、タイル何個分だから何センチだろうといった具合に計算して進めていきました。
―― 最後にあらためて今回の展示の感想、またみなさんの今後の展望をお聞かせください。
佐藤:当時私はまだ入社して間もない時期ではあったのですが、テレビ美術だけでない、こうした展示企画に携われたことにワクワクしましたし、日テレアートの表現の幅の広さに可能性を強く感じました。
テレビ美術に関してまだまだ学ぶことはたくさんあるのですが、今後もこうした展示企画やクライアントワークにもチャレンジしていきたいと思っています。
高橋:今回の展示をやってよかったなと思えたのが、普段お世話になっている大道具や塗装、装飾などの現場スタッフの仕事を、いろいろな方に直接見てもらえたということです。というのも、テレビ美術というものは普段番組関係者しか直接見る機会がなく、映像を通してしまうと、視聴者にはなかなか意識してもらえない部分であったりもします。
しかし、実際は細やかな仕事をしてくださる現場のスタッフがたくさんいるわけで、そうしたスタッフの方々の仕事を直接見てもらえることができた展示で、スタッフのみなさんもやりがいを感じていらっしゃいました。
テレビの仕事も展示会の仕事も、 “見てくださる人に楽しんでもらう” ということは同じですから、引き続きこうしたチャンスがあればぜひ挑戦していきたいです。
北村:バンクシーのそれぞれの作品に対して、作品の意図を紐解きながらどう再現するかを考えていったのは、とても面白かったです。
そして私は普段バラエティ番組のセットを担当しているのですが、テレビの美術はそこまで時間をかけずに進めていきます。一方で今回の展示は、精度高いものを長い時間をかけてつくり上げていくことができたことはとても良い経験となりました。今後もこうした面白い仕事に携わっていければなと思っています。
大竹:通常の額装作品であれば、みなさん図録のように撮影をすると思うのですが、今回の展示では実際の場所に訪れたかのように、風景として撮ったり、スナップ写真のように撮ってくれていたりして、とても嬉しかったです。
そして、ドラマ美術の技術やノウハウ、またバラエティ番組の仕掛けものをつくるときの技術や視線の動かし方など、日テレアートの総力を詰め込むことができた展示となりました。
こうしたテレビ美術をやってきた私たちだからこそできる仕事を今後も増やしていきたいですし、私たちの仕事がもっと日の目を見る機会が増えればなと思っています。